和式四弦 レアエワル LE'A'EWALU 絹糸弦 鈴木慎一 Shinichi Suzuki







和式四弦のデザインコンセプトは日本古来の造形物の中から興福寺・木心乾漆造四天王立像、浄瑠璃寺・四天王像といった造詣群にイメージがもっとも近かったことから、これら仏像に和式四弦を持たせるとしたら最も相応しいデザインは?そんなことから始まりました。

1000年以上も前に作られた多くの仏像を観察したうえで最大公約的なデザインを創生する作業は大変、難しいものでした。正直、頓挫しては描いて頓挫しては描いての繰り返しでした。

しかし、たくさんの仏像を眺め続けたときに「動と静」の混在に気づいたときに同時に二つのデザインが生まれました。対だからこそ生まれたデザインといっても過言ではありません。それが叢雲、瀧波という作品です。

LE'A'EWALU のプロダクツコンセプトのひとつは多くの日本人の共感する感覚「侘寂」を根幹しておりますので理屈ではない部分にきっと和式四弦を所有することの満足感があるはずです。

我々は侘寂とは派手でもなく地味でもなく、自然のありのままの美しさを自由最大限に展開させた世界観と解釈いたしました。
余分なものは付け足さない、ということです。みやびやかと反していると指摘される方もいますが同居していると我々は思っています。豪華絢爛という感覚は幼稚であり、それを超えた神の領域に近い天然美であります。

琵琶やウクレレといった渡来四弦をさらに昇華させた和式四弦を作品化するにあたり残存している阮咸・琵琶・月琴等の存在は無視できない歴史であり邦人だけでなく世界中のヒトたちにインパクトを与えられる新しい日本の撥弦樂器を追求しました。特に日本有史上、文化的発展の顕著であった奈良・平安時代を参考にしました。

この時代といえば和歌という嗜みは外せないでしょう。
和歌を創ることはメロディを作ることよりも難しい人にとって琵琶ではなく、もし和式四弦が手元にあったら?というイマジネーションもコアのワンピースになっております。ヘヴィディープな琵琶サウンドでは愛の音色を出すことは難しいでしょう。かといって狭い音階の和琴ではとてもじゃないですが奈良・平安ラブヴァラッドは生まれなかったのでしょう。

日本にはヨーロッパのようなゴールデンスタンダードのクラシックの名曲がほとんどない理由はもしかしたら音階自由度の高いかつ音色の良い弾きやすい樂器が日本には無かったからではないでしょうか。作曲家の大半は近代でもピアノを中心に樂器を使ってメロディを紡いでいくということからも基本的に樂器がないと名曲は生まれにくいのではないでしょうか。

それを裏付けるようにピアノが輸入されてからの日本では大衆向けに歌謡曲を中心に爆発的に様々な曲調の樂曲が生まれて残っています。

撥弦樂器である和式四弦や和式四弦改が絹糸弦を介してウクレレやギターとは異なる新たな日本のスタンダードメロディが生まれてくれることを祈っております。